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東京地方裁判所 昭和32年(レ)320号 判決

控訴人 福田良吉

被控訴人 齊藤宗孝

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。被控訴人は主文同旨の判決を求め、なお、当審で訴の一部を取下げて、請求趣旨を「控訴人に対し、東京都板橋区双葉町五番地家屋番号同町五番の二木造銅板葺平家建店舗一棟建坪十二坪五合(登記上は十坪。以下、「本件家屋」という。)を明渡し、且つ、昭和三十年七月十八日から本件家屋明渡ずみまで一ケ月五百円の割合による金員の支払をせよ。」と減縮し、被控訴人はこれに同意した。

被控訴人は請求原因として、

被控訴人は昭和三十年四月二十日控訴人および新井繁に対し、本件家屋を代金三十万円、支払期日同年六月三十日として売却し、従前から本件家屋に居住していた控訴人がその引渡を受け使用する約定であつたため、即日、これを控訴人に簡易引渡により引渡し控訴人が居住している。

然るに控訴人等は支払期日に右代金の支払をしないので、被控訴人は同年七月十二日各到達の内容証明郵便で控訴人新井に対し五日以内に右代金を支払うよう催告し、右期限内に支払わないときは売買契約を解除する旨の意思表示をしたのに、控訴人等は右期間を徒過したので、同年七月十七日の経過とともに右売買契約は解除された。従つて、被控訴人は控訴人に対し、解除に伴う原状回復として本件家屋の明渡しと、解除後の昭和三十年七月十八日から本件家屋明渡ずみまで、右明渡義務履行遅滞による填補賠償として、一ケ月金五百円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める。と述べ、

控訴代理人は答弁として、

控訴人および新井が被控訴人主張の日時に主張のように本件家屋を買受け、主張のように控訴人が本件家屋の引渡を受けてこれに居住していること、控訴人等が支払期日に売買代金を支払わなかつたので、被控訴人が控訴人と新井に対し、主張日時に各到達した内容証明郵便で主張のような内容の意思表示をしたのに、控訴人等は主張の期間を徒過したことは認めるが、その他の事実は争う。すなわち、控訴人等は被控訴人に対し、履行の催告と条件付解除の通知到達前に、代金全額を提供したが、被控訴人は受領を拒絶して受領遅滞となつた以上、それ以後は全く控訴人は履行遅滞とはならないから、被控訴人が控訴人に対しその後になした履行の催告によつても履行遅滞とならず、従つて、条件付契約解除の意思表示は効果を発生しない。と述べ、

立証として、被控訴人は甲第一号証、第二号証の一、二、第三、四号証を提出し、原審証人斎藤忠作の証言を援用し、乙第一号証の成立は不知と述べた。控訴人は、乙第一号証を提出し、原審証人新井繁の証言、および、原審控訴本人尋問の結果を援用し、甲号各証の各成立を認めた。

理由

被控訴人が昭和三十年四月二十日控訴人および新井繁に対し、本件家屋を代金三十万円、支払期日同年六月三十日として売却し、従前から本件家屋に居住していた控訴人がその引渡を受け使用する約定であつたため、即日これを控訴人に簡易引渡により引渡し、控訴人が居住していること、控訴人等は支払期日に右代金の支払をしないので被控訴人は同年七月十二日各到達の内容証明郵便で控訴人と新井に対し、五日以内に右代金を支払うよう催告し、右期限内に支払わないときは売買契約を解除する旨の意思表示をしたのに、控訴人等は右期間を徒過したことは当事者間に争いがない。

控訴人は右契約解除の通知到達前に、被控訴人に対し、右代金全額を提供したが、被控訴人は受領を拒絶して受領遅滞となつた以上、それ以後は全く控訴人は履行遅滞とはならないから、被控訴人が控訴人に対しその後になした履行の催告によつても履行遅滞とならず、従つて、条件付契約解除の意思表示は効果を発生しない旨の控訴人主張について判断する。一般に、売買契約においては、信義則上、売主は買主に対し、代金請求権を有する反面、それを実現させるため、代金を受領すべき債務を負うので、売主が買主からなされた本旨に沿う代金の提供を売主の故意過失により拒絶すると、売主は右の意味で代金受領債務の履行遅滞となる。(然し、そのために代金支払期限が当然に延期されるわけではなく、たゞ、そのまゝでは期限の到来に伴う諸効果が発生しないのに止まる。)従つて、その後売主が買主に対し、代金支払を催告し、且つ、買主に右の意味での売主の代金受領債務履行遅滞から生じた損害があれば、その損害賠償金を同時に提供すれば、債権者売主は受領遅滞を積極的に終了させることができる、と解される。本件においては、前叙のように、被控訴人は控訴人に対し、控訴人が代金を提供したと称する時期の後に、本件家屋売買代金の履行を催告していることは控訴人も自認するところであり、控訴人が被控訴人の受領遅滞により損害を蒙つたという主張立証のない本件では、少くとも、被控訴人は、たとえ、受領遅滞となつたとしても、前叙の控訴人に対する履行の催告によつて受領遅滞を終了させたもので、控訴人がその催告を受けたときから、代金支払債務の履行遅滞となること明らかであるから、控訴人は被控訴人受領遅滞後には全く履行遅滞とならないとの独自の見解を前提とする控訴人主張はその前提を欠き、被控訴人が受領遅滞となつたか否か、その他の判断をするまでもなく失当に帰する。

従つて、前叙争いのない事実によれば、本件家屋売買契約は、昭和三十年七月十七日の経過とともに解除されたこと明らかであり、本件家屋の引渡を受け、これに、解除後もその責に帰すべき前叙説示のような控訴人の法的誤解に基き居住している控訴人は、(共同買受人新井とともに)被控訴人に対し、右契約解除に伴う原状回復として、本件家屋の明渡しと、解除後の昭和三十年七月十八日から右明渡ずみまで、右明渡義務履行遅滞による填補賠償として、弁論の全趣旨から窺知される、一ケ月五百円の割合による賃料相当の損害金を(各自)支払う義務を負う。

(なお、原判決証拠摘示によれば、控訴人が原審控訴本人尋問の結果を援用した旨の記載がないけれども、理由の記載を併せて読めば、書落したもので更正決定の対象となる瑕疵にすぎないと認められるから、右瑕疵は原判決主文に影響を及ぼさない。)

よつて、被控訴人本訴請求は理由があり、仮執行の宣言は相当でないのでこれを付さないこととし、被控訴人が一部訴の取下をした部分を除き結局これと同趣旨の原判決は正当であり、本件控訴は失当で棄却を免れず、控訴費用は民事訴訟法第九十五条、第八十九条により敗訴の控訴人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 真田禎一 中久喜俊世 高木積夫)

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